国語科

教諭 新井 拓

教諭 鈴木 真之介

Ⅰ はじめに
   

平成28年2月16日、朝日新聞の「折々の言葉」に以下の言葉が掲載されていた。
「真の方法は、探究されるべき物事の性質に従う。」エドムント・フッサール
あらゆる対象を等しく分析できるような一つの方法は存在しない。物事の真相を捉えるにはそれにふさわしい方法、文体、もしくは表現のスタイルがある。対象がナイフの研ぎ方を教えてくれるのであって、対象にナイフの切れ味を押しつけてはならない。これは芸術や建築についても言えること。〈現象学〉という分析の方法を提唱した哲学者の「厳密な学としての哲学」から。
 筆者の鷲田清一は「これは芸術や建築についても言えること」と述べているが、「教育」についても同じことが言えるのではなかろうか。「生徒が授業の在り方を教えてくれるのであって、生徒に(教師が考えた)授業を押しつけてはならない。」と。
 国語科が目指す言葉の力を高めるための方法は一つではない。生徒が「伝えたこと」と「伝わること」は必ずしも一致しないというスタートラインに立ち、試行錯誤を重ねて言葉の力を高めていくには、どのような授業の在り方がふさわしいのか、生徒の思考に寄り添いながら、不断に見直し改善を続けていく。生徒の思考に添った授業は、生徒自らが学び方を選択した授業につながる。そして、生徒が自ら選択した学びの過程を客観視し、次の学びに対する見通しと意欲をもつことを目指している。授業は生徒の学びの場であるという覚悟をもって、言葉の力を高めるための授業を、生徒と共に創り上げていきたい。
 

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